パオロ・ファツィオリ(Paolo
Fazioli)は六人兄弟の末っ子としてローマに生まれる。当時彼の父親は、ローマで家具工場を営み成功させていた。パオロは幼少より音楽の才能を示
し、特にピアノには強い興味を見せる。
後にパオロはピアノを学び続けながら、家業を継ぐためにローマ大学で工学を専攻する。ここでの勉強で、パオロはますますピアノ製造技術に対する興味を深め
ていく。彼は手当たり次第ピアノ製造に関する文献を読み、ピアノ製造工場や修理工場を訪ねた。
パオロはローマ大学で工学学士の学位を取得する。
パオロはペーサロ市のロッシーニ音楽院(Conservatory C. Rossini)でピアニストとしての学位を取得。ここでは、後にローマの聖チェチーリア音楽院(Conservatory Santa Cecilia)の教授長となるマエストロSergio Cafaro氏に師事。またローマ音楽院(Rome Music Academy)で作曲家Boris Porena氏に師事、作曲の修士学位を取得する。 この頃パオロの兄たちは家業を拡大し、木材加工の新しい技術を導入していた。木製オフイス家具製造のための工場がサチーレ市に新しく二つ買い足され、トリ ノ市にも金属家具を製造するための工場が開かれた。サチーレ市の工場ではチーク、ローズウッド、マホガニーなどの銘木が使用され、その家具はMIM( Mobili Italiani Moderni, モダンイタリア家具)というブランド名で世界中に輸出された。 パオロは大学卒業後すぐに兄たちの会社に加わり木材加工について科学的な知識を身につけ,製造の専門家となった。こうして設計、製造技術に自信をつけ、パ オロはグランドピアノを作るというプロジェクトに乗り出す。彼はまずピアノという楽器の能力と性能を分析したり研究者や評論家に質問をしながら、現代のグ ランドピアノ製造の詳細にわたる研究を行う。パオロの父親や木工技術の専門家である最年長の兄Virgilioは彼のプロジェクトに対する協力を惜しまな かった。
研究開発および製造のために必要な協力を兄たちから受け、パオロは世界最高水準の製造技術と仔細な分析の結果、自分が造りたいピアノの全ての要素を明確に 決める。パオロは最先端の音響と素材の研究から考案した様々な設計の改良を加えることで、最高の楽器が作れるはずだと確信する。
エンジニアの知識、研究と経験と伝統的なピアノ技術者の技術の組み合わせがついに実践に移される―ベニスから北へ60kmほどの場所にあるサチーレ市の家 具工場の一角に、ピアノ製造施設“Fabbricia die Pianoforti Fazioli” (ファツィオリピアノ工房)が作られたのである。この工場では材料が簡単に手に入り、研究や分析のための施設もあり、さらに重要なことに専門的な職人たち がいる、など組織および製造のニーズが全て満たされていた。悲しいことに、パオロの独創力を熱く支援し、パオロの将来の成功の道を開いてくれた父親 Romanoは、ピアノ工場が製造を開始する前に亡き人となってしまう。
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最初の工場

環境音響学と音楽音響学の知識で名高いRighini教授、木材についての学識で有名なGiordano教授、そしてVirgilio Fazioli氏、Lino Tiveron氏らの支援を受け、F183の設計が始まる。また、そのすぐ後にF156とF278も設計される。
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研究中のパオロ・ファツィオリ

6月、F183の初めてのプロトタイプが製造される。11月にはF156およびF278のプロトタイプも完成する。
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Fazioli初の完成ピアノ

1月、Fazioli s.r.l. 社が設立され、F156、F183そしてF278の3機種が業界及び報道機関に発表される。この時、著名な音楽学者Piero Rattalino 教授がGiordano、Righini両教授とともに記者会見に臨む。2月には同3機種がフランクフルトミュージックメッセで発表される。年の後半には F228の原型が製造され、最初の製品ラインアップが完成する。
今日に至るまでファツィオリピアノフォルティ社は変わらず以下の信念を持ち続けている。
・コンサートグランド、グランドピアノのみを造り、生産量を増やすことは考慮せず、最高のクオリティを目指すこと。
・他のどの現存するピアノをもまねず、むしろ独自のサウンドを作ること。
・由緒ある伝統的技術と最新の進んだ技術とを組み合わせてピアノを一つ一つ、手仕事で造っていくこと。
・常に最先端技術を駆使してピアノの改良に励むこと。
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初期の生産

2月にF156, F183, F228とF278の4機種すべてがフランクフルトミュージックメッセで公開される。3月には600㎡の製造スペースが設けられ、月2~3台ペースでピア ノ製造が始まる。
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ニキータ・マガロフ

ポルデノーネにあるザヌーシ・センター(Zanussi-Center) との共同作業が開始。ここではさらなる音質の改良を目的とした研究がなされる
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ウラディーミル・アシュケナージ

最初の成功―アルド・チッコリーニ、アルフレッド・ブレンデル、マルタ・アルゲリッチ、ウラディーミル・アシュケナージ、ラザール・ベルマン、ニキータ・
マガロフ、ミシェル・ベロフ、アニー・フィッシャー、ルイス・ローティスなどの著名なピアニストたちがファツィオリのピアノを弾くようになる。影響力のあ
るコンサートホールがファツィオリのピアノを購入し始め、ヨーロッパの重要な国々や米国への輸出が始まる。
同時に、大きなコンサートホールで弾くための、さらに力があって倍音にも富むピアノの必要性を認識し、現在市場にある一番長いピアノであるF308を着想
する。
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アルド・チッコリーニ

F212とF308の新しい2モデルが開発される。
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ミシェル・ベロフとマルタ・アルゲリッチ

F212とF308のプロトタイプが完成。
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F308

F212がフランクフルトミュージックメッセで紹介される。
4月にTeatro Comunale di Monfalconeで、ピアニストFrancois Joel
Thiollierが二つのチャイコフスキーの協奏曲を弾き最初のF308のプロトタイプが初めて公の舞台に出る。
同年、ラザール・ベルマンがカーネギーホールでリストのピアノ協奏曲第2番を弾くためにF308を使用する。 マレイ・ペライアもベニスのゴルドーニ劇場でのコンサートでF308を使用。年末にはアルフレッド・ブレンデルがイタリア各地でのコンサートにファツィオ リのピアノを使う。
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アルフレッド・ブレンデル

ピアノ工場が二倍に拡張され、最新設備も導入され月7~8台のピアノの生産が可能になる。
ザヌーシ R&Dセンターとの共同作業の結果、製品のラインアップを再構成することを決定。
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マルタ・アルゲリッチ

改良されたピアノがフランクフルトミュージックメッセにて紹介される。
カリフォルニアのアナハイムで開催されたNAMMショーで初めてファツィオリピアノフォルティの展示が行われ、これによりファツィオリは北米市場での地位 を固める。同年上海ミュージックメッセにも出展し、中国市場での成功の端を開くこととなる。オーストラリアのシドニータウンホールでファツィオリのピアノ が設置され、ソルトレークシティでのジーナ・バックアウワー国際ピアノコンクールでも、ファツィオリのピアノが選ばれる。
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アンジェラ・ヒューイット

F308がNAMMショーで紹介され、その後ロサンゼルスやソルトレークシティでコンサート用に使用される。6月にはF308が北京で公開され、北京中央 音楽院によってファツィオリの楽器が購入される。エリザベス・レオンスカヤを始めとして、ファツィオリピアノに熱中するピアニスト達が増えて行く。
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ハービー・ハンコック

ウィーンムジークフェラインでのインゲボルク・バルダスティ、マルクス・シルマー、ヤスミンカ・スタンツル、エリザベス・レオンスカヤ達によるコンサート
にファツィオリピアノが使用される。
宝石類や貝の真珠層、エキゾチックな銘木などの象嵌が施されたユニークなブルネイコンサートグランドが製作される。スタンダードな黒いピアノに加え、違い
を求める顧客のためにいくつかの個性的なアートケースピアノの製造を開始する。
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ブルネイモデル

世界で最も有名なジャズフェスティバルの一つである、ウンブリアジャズフェスティバルでF278とF308が初めて使用され、オルヴィエートでの冬季コン パニオンフェスティバルと同様、今日も当フェスティバル中で使われるピアノとしての地位を独占している。ウンブリアジャズフェスティバルを通じてハー ビー・ハンコック、マーシャル・ソラール、ブラッド・メルドー、チューチョ・ヴァルデス、ミシェル・カミロ、ユリ・ケイン、ケニー・ バロン、ステファノ・ボラーニ、エンリコ・ピエラヌンツィ、ダニーロ・レア…など。幾人ものジャズの巨匠たちがファツィオリのピアノに魅了されていった。
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ミシェル・カミロ、チューチョ・バルデス、パオロ・ファツィオリ

当時の工場の隣に14,000 ㎡程の土地が買い足され、年間150台のピアノを造ることができる新工場の建設が始まる。
新しい工場には音響研究のための施設のほか、完成された楽器を試弾出来るようコンサートホールも作られる。
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建築中の新工場

ファツィオリの新工場、世界の技術の最先端を行くピアノ工場が完成する。
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ファツィオリ本社・工場

ファツィオリ・コンサート・ホールがオープンし、すぐさまそのすばらしい音響が喝采を受ける。ホールが工場に隣接しているため、ピアノを運び入れるだけで コンサートと同じ環境での試弾が実現できる様になる。
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ファツィオリ・コンサート・ホール

日本の総代理店、ピアノフォルティ株式会社が活動を始める。







