北上市文化交流センター さくらホール
https://www.sakurahall.jp
採用ピアノ | ファツィオリF278 |
住所 | 岩手県北上市さくら通り二丁目1番1号 |
施設 | 大ホール(最大定員1,503席)、中ホール(471席)、小ホール(264席) |
アートファクトリー21室(ミュージックルーム、多目的室など) | |
設置者 | 北上市 |
指定管理運営 | 一般財団法人北上市文化創造 |
岩手県内陸中部に位置し、北上川と和賀川の合流地点にある自然豊かな街、北上市。民俗芸能が盛んな地域でもあり、世代を越えて文化芸術への情熱は様々な形で受け継がれ、花開いている。2003年に開館した北上市文化交流センターでは、市民の文化芸術活動に設備と運営の両面で最大限の支援を提供し、ファツィオリを希少な地域資源という位置付けで意識的に活用している。オープン間もない頃から企画運営を担当している千葉氏に、地域に愛されるさくらホールとホールの個性にもなっているファツィオリについて伺った。
一般財団法人北上市文化創造 企画事業課
千葉 真弓(ちば まゆみ)氏
文化芸術活動が根付いている北上の地域性
東京育ちという千葉氏に北上地域の特徴について尋ねた時に、真っ先に上がってき言葉が「民俗芸能」だった。
「北上は民俗芸能がとても盛んな土地です。東北の厳しい自然や不条理な事柄への思いを祈りに変え、皆で芸能を行うことで支え合うという考え方があります」
北上市内では100を超える団体が「鬼剣舞」や「鹿踊」などの伝承活動を行なっており、吹奏楽や合唱コンクールで全国トップの学校を輩出するなど、地域全体で芸能・文化芸術への熱が高く、それをサポートする意識が地域社会に浸透している。そのため、前身の北上市民会館の閉館にあたり新たに「北上市文化交流センターさくらホール」の建設が決定された時には、市民によるワーキンググループが基本設計の段階から参画した。
「当時の市民によるワーキングループの意見により、休日・夜間も利用できる施設、カラオケボックスのように当日来て空いている部屋を1時間単位で安価で借りられる練習室があったらいい、などの意見が実際に取り入れられ、現在も民意の発想で柔軟な運営を行なっています。大中小のホールの他にアートファクトリーと呼んでいる部屋が21 室もあり、市民の創作活動を支援できる施設が充実しています。他にも、ラジオ番組を放送しているサテライトスタジオや楽器を預かる楽器庫があります。共用ゾーンのさくらパークは、用がなくても市民が立ち寄って憩える場所になっており、保育園児が散歩したり、学生が勉強したりと気軽にご利用いただいています」
市民の文化芸術活動拠点「さくらホール」
さくらホールは、定休日がなく夜は10時まで1年を通じて利用可能となっている。ホールの音響や貸出用の楽器も一般的なものからマニアックな物まで、グランドピアノだけでも4台揃えるなど、市民の創作活動への支援には理想的な体制である。
さくらホールのユニークさは、施設・設備の充実だけではなく自主事業にも見られる。自主事業は、クラシック音楽や伝統芸能など、普及啓発を必要とする公演を中心に企画されている。また、市民の芸術に触れる機会を広げ、公演への来場者増につなげるために、関係するレクチャーやイベントを開催するなど、公演ごとに工夫を重ねて市民に提供されている。
「松竹大歌舞伎を招聘した時には、地元の歌舞伎団による桜並木の花魁道中で公演の告知を行い、そこに同ホールの男性職員にも参加してもらいました。鬘をかぶったり化粧を施す様子を撮影し、歌舞伎の面白さや男性が女性に扮装するコツなどを紹介することで、市民の皆さんに歌舞伎公演とさらには地歌舞伎にも興味を持っていただければと思って行いました」と、楽しそうに話す千葉氏。顔馴染みの職員が、歌舞伎姿になる様子を動画で見て楽しみながら、大歌舞伎の公演日を待ち侘びる人々の姿が浮かんでくる。
「自主事業で著名なピアニストのコンサートも行っています。公演の1ヶ月前くらいにファツィオリジャパンの調律師に来てもらい、市民に向けてファツィオリについてのレクチャーと他のピアノとの弾き比べのイベントを開催しました。公演を単独で行うよりも沢山の方に楽しんでいただけますし、来場者も増えます。さらに北上にファツィオリがあることを多くの方に知っていただけます」
ウラディーミル・アシュケナージと息子のヴォフカのデュオコンサートを開催
大学卒業まで東京で過ごした千葉氏は、音楽大学でアートマネジメントを学び、その実践の場として、専門化が進んで先進的な取り組みを競う都会よりも地方の公共ホールに魅力を感じたという。音楽も歌舞伎もお笑いライブもジャンルを問わずに携わり、市民の日常生活を豊かにする活動に惹かれるという。千葉氏の話の中で「市民にとって何がいいのか」という言葉が幾度となく登場した。穏やかな語り口に隠された千葉氏の静かな情熱が感じられ、20年近く前に東京から北上に移ってきた時の志は今も変わっていないことが伝わってくる。
ファツィオリは希少な地域資源
2003年のさくらホールのオープンにあたり就任した千葉氏だが、グランドピアノの選定はすでに前年に行われていたという。当時の資料や当事者の話からその経緯を教えてくれた。「さくらホールには大中小とホールが3つあるので、同時にピアノのコンサートを開催できるように、3台以上のピアノを持つことになりました。旧会館から所有していたヤマハ2台に加えて、外国製フルコンを2台増やすことが決まり、ピアノ選定ワークショップを経てピアノ選定および使用管理検討会が設置されました。選考委員が滋賀県栗東芸術文化会館さきらへの視察でファツィオリを含めて外国製3メーカーの試弾を行い、誰もが知っている1台としてスタインウェイと、もう1台にはファツィオリが選定されました」
千葉氏は、市民有識者による選考委員会が、当時ファツィオリを選んだことに今更ながら驚いていると続けた。
「先日のショパンコンクール(2021年開催)で優勝者が選んだピアノということで、ファツィオリへの注目が高まりましたが、2002年の時点で地方の公共ホールにファツィオリを選定した当時の選定委員の方々の先見の明には本当に驚いています。私は地方のホールに同じメーカーの外国製ピアノが2台、3台と置かれることには疑問を感じています。当時の選定委員の方々は、2台の外国製ピアノのそれぞれの役割を考えた上で、その1台にファツィオリを選んでくれました。この考え方はとても大切だと思います。ファツィオリが設置されたことで、さくらホールには音楽的にも地域の活性化にも良い効果が表れています」
民俗芸能という長年培われてきた下地があり、文化芸術に対する情熱とそれに取り組む人への理解が根付いている北上市では、当時まだ知名度の低かったファツィオリの選定も「弾いてみて良いピアノ」というシンプルな理由でスムースに行政に受け入れられたという。
さくらホール所有のF278は、ピアニスト、アルド・チッコリーニが選定し、「ミケランジェロ」と命名したサイン入りのピアノだ。
「実は、ファツィオリの選定がされた時点では、受注生産のためホールのオープンまでに製造が間に合わないということでした。幸運なことに、2003年10月に来日コンサートのためにチッコリーニがイタリアで選定して日本に運んできたピアノならば間に合うということで、コンサート後にさくらホールの所有となりました。チッコリーニが選んでミケランジェロと名付けたピアノという点も特別なピアノで、私たちの誇りです」
「自主事業では積極的にファツィオリを活用しており、『オープンピアノDAY』は、年に4、5回開催しています。1時間3,500円でファツィオリともう1台は別メーカーのピアノを舞台に2台並べて自由に弾いていただけるイベントです。回を重ねるごとに人気が出てきて最近ではすぐに予約が埋まってしまいます。一般の方も演奏家もファツィオリを弾きたいという方が増えていて、東京からもいらっしゃいます。希少なピアノは北上市の地域資源です。当時の選考委員の皆さんの先見の明によって今助けられています」と、実感を込めて話す千葉氏。
さくらホールは開館から18年を迎え、新たに設備をリニューアルする時期を迎えている。その際も「誰のために、何のために」という視点を大事に設備や機器の選定を行なっているという。最後に、これからオープンするホールや新たな設備を検討しているホールへのアドバイスを求めた。
「音楽や芸術の世界は特殊なものと思い込んで、専門家の意見を鵜呑みにしてしまうことが多いかもしれませんが、それが本当に市民のためになるのか、喜んでくださるのかと改めて問うことが大事だと思います。また、当時さくらホールにファツィオリを選んでくださった方達のように、少し先を見て選ぶことが大切だと思います」
「東北全般にそうですが、北上の人は粘り強くて口下手なところがあります。特に男性はお酒を飲まないと何も喋り出さないのですよ」と、多くは語らない北上人の気質を笑いながら話してくれた千葉氏だが、すでに氏は北上人になっていると言っても過言ではないのだろう。饒舌には語らずとも、長い年月を経てもブレることなく実績を重ねるさくらホールと千葉氏の姿を通じて、北上の人々の熱い想いを感じることとなった。これからも、北上の文化芸術活動を支えるさくらホールに期待していきたい。
2021年の第18 回ショパンコンクールは弊社にとって、大きな喜びで終わりました。
ファツィオリピアノをコンクール全ラウンドで演奏したBruce Xiaoyu Liu(ブルース・シャオユー・リウ、劉曉禹)が見事優勝を飾り、Martin Garcia Garcia (マルティン・ガルシア・ガルシア)が3位、Leonora Armellini(レオノーラ・アルメリーニ)5位と、ファイナルに進出したファツィオリ奏者3名全員が入賞を獲得したからです。ガルシアはコンチェルト賞も受賞しました。
ファツィオリ社が国際コンクールにデビューしたのは2010 年の同第16回コンクールでした。当時コンクール経験のない本社に委託され、日本チームが調律、アーティスト・リレーションなど全面的に担当しました。この時は、4名がファツィオリを選び、3名がセミファイナルに進出、ダニイル・トリフォノフが3位を勝ち取りファツィオリの音色の美しさを世界中に届けました。
その後、ファツィオリは数々の国際コンクールを経験し、今回のショパンコンクールでは、コンテスタントの8名がファツィオリを選定し3名がファイナルに進出、全員入賞・優勝を獲得しました。
非常に多くの方がネットで素晴らしい演奏を鑑賞されましたが、現地でサポートに当たった弊社アレック・ワイルより、コンクールの臨場感とエピソードをお届けしたいと思います。
コンクール会場
コンクールの会場となるワルシャワ国立フィルハーモニーホールは、約1,200席とあまり大きなホールではなく、ピアノからかなり近いところに審査員の席が設けられています。そのため、審査委員は非常に小さなピアニッシモでも良く聴こえる反面、些細なことも聞き漏らさず、わずかな違和感を煩わしく感じる可能性があります。
レオノーラ・アルメリーニのコンチェルトのリハーサル時に審査員席より舞台を撮影
また、世界中で沢山の方が楽しんだコンクールの配信を実現した高い音声・録音技術の一端を写真でご紹介します。ピアノ横のマイクスタンドだけではなく、ピアノの上、そして客席の天井からいくつものマイクが下がっています。しかし、マイクロフォンのバランスは難しい技術であり、いかに素晴らしい録音も、生演奏の素晴らしいシミュレーションであるという事実には留意すべきだと思います。ファツィオリに関しても、ホールで聴いた場合と後日ネット配信で聴いた場合を比べると微妙な音色の差を感じます(勿論、これは録音に付随する普遍の特性ですね)。
夜中の調律
ピアノコンクールの調律は基本的に夜中に行われるため、調律師にとって期間中は非常に過酷です。コンクール使用ピアノは5台のため、調律時間は5等分でローテーションという短い作業時間、常に変化するスケジュール、演奏中はホールで演奏中のピアノの音色を観察、と寝る時間も限られます。また、普通のコンサートと異なり、演奏前にピアノを触ることは許されないので、技術者はピアニストからの直接のフィードバックがない中で調整しなければなりません。
今回のファツィオリ調律師は本社より派遣されたOrtwin Moreau(オルトウィン・モロー)でした。コンクールHPに調律師のリストが表示され、「他のピアノ会社の技術者は数人なのにファツィオリは一人で可哀想」というコメントを多く頂きました。しかし、調律は手分けして行うわけにはいきません。ピアノの状態を適正に一貫した状態に保つために、一人の調律師が手掛けることは重要です。オルトウィンさんは最初から最後まで(3日間の入賞者コンサート中も)ずっと一人で作業を行いました。3日の入賞者ガラコンサートの終了後「これで全ての仕事が完了しました」というメールをもらいました。本当にお疲れ様でした。
第3次発表を待つ間の食事。右から、ブルース・リウ、オルトウィン・モロー、ポーランド代理店の技術者
夜中に作業中のオルトウィン・モロー
ショパン協会HPの調律師リスト
ピアノ庫
ホールのピアノ庫は舞台の下です。舞台のエレベーターでピアノを上げ下げします。
古いホールですので、10月という時期には温湿度変化がかなりあります。ピアノも冷えるし、次第に乾燥していくので、これに対する調整が必要とされます。調律はこのエレベーターで舞台に上げ、舞台の上で行われます。
舞台の下のピアノ庫で出番を待つピアノ
エレベーターで舞台に上げられて行くピアノ
ファツィオリのファイナリスト達
ファイナルの12名中の3人がファツィオリを弾きました。ファイナリスト達の素晴らしい経歴は皆さんご存知のことと思いますので、期間中に垣間見た彼らのパーソナルな面をご紹介します。
レオノーラ・アルメリーニは、2010年のコンクール時に初めて知り合いました。当時から非常に温かくフレンドリーな人です。チェロ奏者の双子の弟さんが付き添いで来ていました。
マルティン・ガルシア・ガルシアもビデオなどで紹介されている通り、明るく朗らかな人柄で、(見た目の印象より遥かに)思慮深い人です。お兄さんのダニエルさんが一緒に来ていました。ダニエルさんは弁護士で、マルティンをずっとサポートしています。
ファイナル演奏直後のマルティン・ガルシア・ガルシア
マルティンのお兄さんのダニイル・ガルシア・ガルシア(左)と
伊ファツィオリのコンクール責任者ルカ・ファツィオリ(右)
ブルース・リウは、舞台を降りるとユーモラスでリラックスした人です。3次の結果発表が遅れた時に、ドキドキしで待つのではなく、「もう寝る」と言って部屋に戻りました。いつも夜遅い最後の出番なので、その晩はグッスリ寝て、翌朝に結果を知るというパターンだったようです。
ブルース・リウ
ファイナル演奏終了後、食事をしながら結果発表を待つレオノーラ・アルメリーニ、ブルース・リウ、アレック・ワイル
ライバル同士でも仲良し
コンクールでは当然ながら優勝者もいれば、入賞できない人もでてきます。しかし、ピアノコンクールの参加者はとても仲が良いように思えます。
音楽コンクールの場合、スピードや音量など基本的に計れるものはなく、アーティストは芸術性を競い合います。そして、芸術には「絶対的なもの」はありません。競い合いながらも互いの個性的な芸術性を認め、讃え合います。その結果、各自が得られる喜びはさらに大きなものとなり、ライバル同志であり仲間という素敵な関係が築かれているように思います。
リセプションで和気あいあい
最終結果
トリのブルースのコンチェルト演奏の後で、コンクールの結果を待ちました。
いつも発表はホールのロビーで行われます。
今回も最初はロビーで待っていましたが、発表までに非常に時間がかかったため、ホール内に移動して座って待ちました。
ロビーでの発表を待つ人々
発表を待つ、左からファツィオリ調律師オルトウィン、マルティン、ファツィオリ創立者パオロ・ファツィオリ
ホールでファイナルの結果を待つパオロ・ファツィオリ
最終的に、予定より数時間遅れて現地時間の朝2時過ぎに発表がありました。その後、入賞者たちは翌日から3日間にわたるガラコンサートの説明も聞き、その晩は誰も寝る時間がありませんでした。
ファイナル結果発表
翌日は入賞者ガラコンサートです。会場は、オペラハウスに場所を移しました。そのため、ファツィオリのピアノは夜中に移動され、朝6時から8時の間にオルトウィンさんが調律を終えた後、演奏者はホールで約10分間づつリハーサルの時間が与えられました。
入賞者ガラコンサート初日はポーランド大統領出席の下、ピアノは一台のみ、全員ファツィオリでの演奏となりました。
2日目、3日目のガラコンサートはコンクール会場に戻り、各自コンクール中に弾いたピアノで演奏しました。
第18回ショパン国際ピアノコンクール入賞者ガラコンサート第1日目の演奏はこちら。
ガラコンサートに向けてわずかな時間でリハーサルを行う入賞者達
ガラコンサートはワルシャワ民にとって非常に特別なイベントです。オペラハウスは、特別なイベントに相応しい格式高く綺麗なホールで、フォーマルな装いで来場する方が多いくいらっしゃいます。
最後に・・・
ショパンコンクールのお蔭で、初めて聴く素晴らしいピアニストに出会う経験をされた方も多いでしょう。ショパンやピアノ音楽が世界的に脚光を浴び、ファツィオリも多くの注目を頂きました。皆様に心より感謝を申し上げます。今後、日本でも入賞者ガラコンサートと単独コンサートが開かれる予定です。多くの方が素晴らしいピアニスト達の演奏を直接会場でお聴きになれることを願っています。
同時に、入賞を果たすことができなかったピアニスト達も素晴らしく、多様な音楽を楽しませてくれました。
私から、その中の一人の演奏家をご紹介します。
Aleksandra Swigut(アレクサンドラ・スヴィグト)はポーランド人のピアニストです。2018年に行われた第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクールでは第2位に入賞しました。現在、ワルシャワのショパン音大で教鞭をとっています。今回のショパンコンクールの数週間前に彼女は論文を完成させ、博士号を取得しました。彼女の論文テーマは「ショパン時代の楽器での演奏」です。ショパンに関してこれほど学究的な造詣を備えた演奏はないのではないかと思えるほどに、他と比べて、かなり異なる演奏スタイルを持っています。
素晴らしいアーティスト達をこれからも応援していきましょう!
Aleksandra Swigutの1次の演奏はこちらでお聴きになれます。
YOUTUBE:ALEKSANDRA ŚWIGUT - first round (18th Chopin Competition, Warsaw)
中札内文化創造センター ハーモニーホール
採用ピアノ | ファツィオリ F278 |
住所 | 北海道河西郡中札内村東4条南6丁目1−3 |
席数 | 487席 |
2020年に北海道のホールとしては初となるファツィオリを設置した中札内文化創造センター ハーモニーホールは、ギャラリーや図書室などを有する中札内村の文化教育施設内にあり、音響に優れた音楽ホールとして知られている。
中札内文化創造センターを管理運営する中札内村教育委員会の上田禎子氏に、同村が推進する音楽プロジェクト、ピアノ選定の経緯や導入後の状況について伺った。
中札内村教育委員会 教育長
上田 禎子(うえだ ていこ)氏
なかさつ音まちプロジェクト
中札内村は、十勝平野南西部、日高山脈札内川の上流部周辺に位置し、日高山脈と清流による美しい景観とアートや文化醸成への積極的な取り組みが特徴の魅力溢れる村である。同村の数ある取り組みの中の一つに2018年に開始した「なかさつ音まちプロジェクト」がある。
「中札内村では、1996年から20年間『北の大地ビエンナーレ』という絵画公募展を通じて村民とアートの村づくりを進めていました。それを引き継ぐ形で、今度は音楽を中心として『なかさつ音まちプロジェクト』を始めています。このプロジェクトは、中札内村のスローガンである『花と緑とアートの村』を推進することを目的に、北の大地ビエンナーレの作品の活用、花のイベントや観光施設と連携しながら音楽事業を行い、中札内村らしさをさらに高めてファンを増やすことを目指しています」
インタビュー時は、道内に新型コロナウィルス感染拡大防止のための緊急事態措置がとられている状況であったが、予定されていたイベントの中止や延期がありながらも、ハーモニーホールのほか、「道の駅なかさつない」の屋外会場での木管五重奏のコンサートなどを開催できているとのことであった。上田氏の穏やかで明瞭な語り口からは、プロジェクトに対する真摯な思いが伺える。
同プロジェクトでは、アーティストを招聘してコンサートを主催する他、YouTubeを通じてのコンサート動画配信やSNSの活用により、村外に向けても積極的に情報発信を行なっている。
名前すら知らなかったファツィオリを選定
音楽プロジェクトを実施しているという背景があるとはいえ、教育委員会を中心に数あるメーカーからファツィオリを選定するに至った過程に興味を持ち、その経緯を尋ねてみた。
「なかさつ音まちプロジェクトの中心となるハーモニーホール創立時からのセミコンサートグランドピアノが20年を経過したタイミングで、ホールの大きさにあったフルコンサートグランドピアノの導入を検討することになりました。ふるさと納税によるご支援もあり、少し高額でも購入できるのではないかということも背景にありました。当初は、担当者をはじめ皆、名前も知らない、知名度も低かったファツィオリを購入することになるとは思ってもいませんでした」と朗らかに笑う上田氏。
「全ての国内・海外メーカーから情報収集するところから始め、ホールに合った響き、使いやすさ、話題・注目度の3点から検討を進め、数名のピアニストからの意見を参考にして、最終的にファツィオリに決まりました。ファツィオリの品質については、ピアニストからの意見を聞いて全く心配していませんでしたが、実は調律の面での心配がありました」
地域の調律師たちが、ファツィオリに触ったことはもちろん実物を見たことがないとなれば当然のことであろう。実際、懸念していた点は導入後どうだったのだろうか。
「調律については、ファツィオリの調律師が保守・点検に来てくれたときに、地元の調律師に作業を見せて研修してもらうこともできますので、現在は全く心配していません。また、予算のこともあり、頻度高く調律を行うことが難しいのですが、当ホールのF278は三層響板を備えているタイプのためか、音の狂いが少ないと言う声も聞いています」
ハーモニーホールが所有するF278は、共に特許技術である三層響板とコンサートグランドアクションを備えた特別仕様で制作されている。
「ファツィオリの音色の素晴らしさは、口コミで広がってきています。道内の方からは、コンクール出願用の撮影希望など多数の貸し出し依頼が来ていますし、東京からのピアニストの方も、東京でもファツィオリを弾く機会がなかなか無いと喜んでいただいています。ファツィオリが理由でハーモニーホールで弾こうと思う気持ちは皆さん必ずあると思います。演奏者からは、音色が素晴らしい、音は繊細だが弾きやすいと感想をいただいています」
さらに、少し照れながらも上田氏自身がピアノに触れた感想を教えてくれた。
「私はそんなに弾けないのですが・・・、グランドピアノは、グッと押さないと音が出ないイメージがありましたが、ファツィオリは軽いタッチでもすぐ音がでるので繊細な表現ができるのがわかります。それに、ピアノ自体がとても美しいです。木目の艶やかさや細部の丁寧な造りはパンフレットや写真では分かりにくいですが、本物のアート作品だと思います」
学習の一環で取材に来た中学生にピアノに触らせてみたら下に潜り込んだ子がいて、底部がきれいですごいと驚いていたエピソードや、村民に限らず試弾会を開催していることなどを楽しげに語る上田氏。その様子からは、教育委員会として多くに人にピアノに触れる機会を提供したいという強い思いが感じられ、「なかさつ音まちプロジェクト」は村外からの人の流れを生み出すものであると同時に村民に向けた生涯教育の一つでもあるということを改めて認識させられた。
自治体主導のアート活動の課題
順調に見える中札内村の取り組みだが、自治体がアート活動を行う難しさはあるのだろうか?
「アートの取り組みは人の心に響くものなので、予算をかけたら結果が出るわけでもないという難しさがあります。ただ、私たちは、その素晴らしさは理解しているので、工夫を重ねながら村民に対して、また世界に向けても情報発信していきたいと思っています」
「村民の間でファツィオリの認知は上がっています。特に子供たちは、低学年から中高生までとても音のいい素晴らしいピアノがあるということを認識しています。これからは、音楽と縁の薄い方にも、生涯学習の取り組みを通じてピアノや音楽の素晴らしさを知ってもらいたいと思っています。音楽は魂の薬とも言われていて長寿にもつながります。村民にはアートを身近に感じて心豊かに穏やかな生活を送って欲しいと願っています」
また、中札内村の経験から同様な取り組みを考える地方自治体へのアドバイスとして次のように話してくれた。
「私たちの経験からですが、地域内の理解者・協力者を広げていくことが大事だと思います。また、自分たちたけで実施するとなると困難な点も多いので、外部の企業や学術機関と連携することが大事だと改めて感じています。施設設備の点では、建設・導入時から数十年後を見越しての判断が必要です。その時は良くても、将来に渡って維持・修繕ができるのか、費用的負担がどの程度かを見越した判断が必要とされます」
個性豊かな取り組みで村外からの人の流れを作り出し、さらに子供から高齢者まで村民への教育機会の提供に積極的に取り組む中札内村。今後の活動に注目していきたい。
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