(November 13, 2020 6:58 PM)
Fazioli40周年記念行事の一環として、去る11月8日(日)弊社ショールームにて海老彰子先生による公開レッスンを行いました。今年の春から始まったコロナ禍で、イベントやコンサートが次々キャンセルになる中、11月にして、今年初となるイベントを開催することができました!
3名の受講生は、来年に国際コンクール出場を控えている俊英揃い。
3時間を超える長い間、海老先生はピアノの傍に立ち続けて熱心にご指導されていました。ご自身は鍵盤に触ることなく、言葉を用いてのご指導でした。曲全体を俯瞰しながらも、音色からフレージング、ペダリング、タッチまで、これ以上無いほど細部にわたる的確なご指摘の数々。
ある聴衆の方からは、「繊細なニュアンス、言葉のマジックのような海老先生のレッスンとそれを次々と消化していく生徒さんの姿勢に胸を打たれました」と、感想をいただきました。
海老先生からの貴重なアドバイスで曲の完成度がさらに高まった受講生の皆さん、生で音楽を聴く機会を渇望されていた聴衆の方々、海老先生や参加いただいた皆様のおかげでこのような充実したレッスンを開催することができた弊社一同、その場にいる全員が音楽に携わる喜びを共有できた貴重なひと時となりました。
感染拡大防止のため、聴衆は20名弱の方しかご入場頂けないことがとても残念でした。今後もしばらく新型コロナウイルスと共存していかなければならない時期が続きそうですが、落ち着いた頃にまたこのような機会を持てることを願っています。
詳細は, 以下の 音楽ジャーナリストの藤巻暢子氏から寄せられた レポートをご覧下さい。
海老彰子氏マスタークラス レポート
By 藤巻暢子(音楽ジャーナリスト) Photo
©藤巻パリを拠点に国際的な活動を展開している我が国が誇るピアニスト海老彰子氏によるマスタークラスが、去る11月8日(日)、田町のファツィオリジャパン ショールームにて開催された。会場は、主催者ファツィオリジャパン(株)社長アレック・ワイル氏による徹底した新型コロナウィルス感染予防対策から、席間をきっちり6フィート(1.8m)取るという厳格さ!更には、空気清浄機を設置し、参加者の安全を気遣う細やかな配慮にも敬服!
3名の受講生は、まだ大学1,2年生という若い方々で、瑞々しく、伸びやかな演奏に会場は爽やかな感動に包まれた。海老彰子氏のレッスンは、現役のピアニストならではの音楽のエスプリに溢れ、若いピアニストたちから感性と創造性を引き出しながら共に生きた音楽を目指そうとする熱い血の通ったもので、3時間はまたたくまに過ぎて行った。以下、海老彰子氏と若いピアニストたちが交わした会話や、「海老彰子氏語録」とも表したい、氏のこれまで培った音楽に寄せる豊かな言葉等を、レッスンの順を追ってお伝えする。
■ 鴨川孟平(かもがわ たけひら)東京藝術大学2年在学中
♪ブラームス:ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ 変ロ長調 作品24
彼の演奏からは、終始若々しいエネルギーと、ナイーヴな音楽性が伝わって来る。豊かな歌心と、楽器をフルに鳴らす術を持ち合わせており、各々のvariationの個性を際立たせようと誠実なアプローチを試みていた。今の若さで、このようなスケールの大きい作品と対峙できること自体が素晴らしいことであり、彼の人生における宝物ではないかと思った。その清新なパッションは、聴く者の心にも生き生きとした音楽のwaveを送り届けてくれた。
★ 海老氏:この曲のどこにフェルマータがついているか意識していますか?最後の音を伸ばす役割だけでなく、他の意味がそこにあることも考えて下さいね。休止符に語らせて下さい。人間の耳は、小さく弾くとそばだてて聴くものです。テンポ通りでなく、空気を変える工夫をしてください。私も今この曲を勉強していますが、難しいですよね!ここのところはもっと現実性無く弾きたいです。最後の休符を自分の耳でよく聴くこと!ドルチェはもっと愛情を持って柔らかく。私も今研究中なのですが、その五連音符はもっと喋るように。ソルフェージュティックでなくてもいいのではないかしら。一生懸命追っているけれども、ピアノに弾かされているのではなく、もっと指揮者になったつもりで、皆を引っ張って行ってください。そして追っかけっこをもう少し楽しく!終わりをもっと耳を使って終わらせてください。音が止まる時ジェスチャーは少ない方がいいのです。身体が動くと音楽も動いてしまいますから。リズムはいいのだけれど、聴いている方たちが身体を動かしたくなるようなものを内蔵してください。最後、大伽藍が鳴りますね。あなた自身が鐘になったつもりで弾いてください!身体を自由に使って。
■山縣美季(やまがた みき)東京藝術大学1年在学中
♪ショパン:マズルカ 作品24 第1番、第2番、第3番、第4番
山縣さんの演奏する第1番は音楽の喜びに満ち溢れ、躍動感がある一方、そこはかとない憂いを帯びていた。第2番も非常に音楽的で、演奏に華がある。美しいトリルが印象的。音の広げ方、音の生み出し方に独特の感性が見られた。第3番に於いては、フレーズに自然に溶け込むことの出来る才能を感じた。第4番は、憂いとパッションのコントラストが秀逸で、内側から湧き上がってくる情感が音楽に生命力を与えていた。
★海老氏:マズルカとワルツを比べてどんな風に感じますか?
★山縣さん:ワルツは高貴な感じがしますが、マズルカはその時その時の気持ちが出ているような、、、。
★海老氏:いいところを突いていますね。だとしたら、あなたの気持ちをもっと出してもいいのでは?弾くに従ってこなれてきていますが、出だしは、その前に音楽があって、そこからすくってくるような。力むのではなく、呼吸をもって入りましょう。音が愛おしいという気持ちをもって。ホロヴィッツなんて音が無いところを素敵だと思わせます。
終わり方には色々な終わり方があります。香がふーっと無くなるようなのも。 マズルカはショパンの日記のように、感性がそのまま出ています。感受性を巡らせて、それに乗って行く。こうでなくちゃいけないというのではなく、自由に弾くべきです。言葉では言えないものをもっと表して。左のハーモニーがどんどん変わっていくところを耳でよく聴いてください。私のことですが、この歳になってくると、音楽的に的が合っていれば、どんな指を使ってもいいと分かってきます。ペダリングはたとえ1ミリでも変わってくるので、よく探した方がいいでしょう。符点の所、マリを突くように自然に。そこはポーランド人の魂と誇りが聞こえてくるところですから、それを感じるように弾いてください。小さな音の中に色々な音色があり、耳をそばだてる。それがショパンの特徴です。コンクールですと大きな所で大きな音で弾かなければなりません。
■吉見友貴(よしみ ゆうき)ニューイングランド音楽院(ボストン)に奨学生として在学中
♪ショパン:舟歌 嬰ヘ長調 作品60
まだ二十歳そこそこというのに、成熟した音楽の捉え方をしており、作品に対する愛情と共感が自然な呼吸を通して聴く者に伝わって来る。ショパンの美をすくい取ろうとする感性と、同時にそれを客観的に見据えようとする理性も備わっている。時間の取り方がartisticで、全体の構築感も秀逸。深い表現力が時に語りかけるように、時に夢見るように、ショパンの詩情と晩年の天上性を伝えていた。
★海老氏:この曲に対して疑問に思っているところは?
★吉見氏:疑問は無いのですが、本番で自分が思っているように弾けないのです。特にイントロの部分が固くなって上手くいったためしがないのです。
★海老氏:演奏の前に運動するとか、気持ちの持ち方を工夫するとか。気がついたのですが、あなたの視線が会場に向けられる時がありますが、これは意識してですか?
★吉見氏:いいえ、無意識のうちです。
★海老氏:集中力を欠きますから、客席ではなくもっと上の方に向けたらどうでしょう。そして自分の思いを音ではなく、響に乗せようとしてみてください。もう一度弾いてみますか?(吉見氏、最初からもう一度弾きなおす。)
★海老氏:今の方がずっといいです。一番いい音をピアノに弾いてもらう。自分が出すのではなく。今の音どうやって?秘密?
★吉見氏:最初に弾いた時は、響かせようと頑張りましたが、2度目は、普通にポンと手を置きました。
★海老氏:ハンマーに任せること。それプラス求めることですね。ペダリングも工夫してください。楽譜をよく見て、踏まなくてよい所を知ることも大切です。音足(おとあし)が長ければ長いほどよく響きます。どこでどの位のフォルテを持って行きたいのか考えてください。またディミヌエンドも、もっと気を配って弾いて行けば、次に自然に入れます。最後の所はもっと自然の体の動きを使うと、更によくなります。呼吸を使うこと。そして5の指でもっとメロディーを出しましょう。終盤のセンプレ・フォルテの所は高揚感が続くところですが、トリルが邪魔をしています。鍵盤の中でギリギリまでトリルを入れていくことです。身体に任せ腕に任せて。最後、その音では最後まで聴こえません。あなたは可能性を全部持っていらっしゃいます。あとは、耳の使い方とペダリングですね。そしていいもの、生きた音楽を聴くことです。
後記
3人の若いピアニストたちの大きな未来が豊かに広がって行くことを願い、会場をあとにした。